KONAを目指す挑戦者たちのライフストーリー

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岡田“ケンケン”健士朗さん

プロジェクト2年目でKONA出場権獲得。
ただ出るだけでなく、成績にもこだわりたい

小学生の頃、宮古島に出場していた父の影響でトライアスロンに興味をもち、キッズトライアスロンに出場したという“ケンケン”こと岡田健士朗さん。中学から大学までは、サッカー、陸上、ラクロス、トレイルランなど様々なスポーツを楽しみながら、トライアスロンもマイペースで続けてきた。KONAチャレンジ合格を機にトレーニングを本格化。2年目のアイアンマン台湾でKONA(アイアンマン世界選手権)出場権を獲得したが、次の目標は、ただ出場するだけでなく、KONAの常連になり、サブ10、総合100位をクリアすることだという。

プロフィール

おかだ・けんしろう

1990年愛知県生まれ。小学生時代、トライアスリートだった父の影響でキッズトライアスロンに出場。中学時代はサッカー部に所属しながら有志で陸上の大会にも出場。高校は陸上部で長距離と走り高跳び。大学は1年間ラクロス部、2年からトライアスロン部に所属したが、学連登録はせず、インカレや日本選手権にも出場せず、主にひとりで練習し、ショート、ミドルなど好きな大会に出場していた。KONAは子どもの頃から雑誌で知っていたが、大学時代の終わり頃から目標として意識するようになった。KONAチャレ1年目は仕事が忙しく満足な練習ができなかったが、今シーズン前に転職して環境を整え、本格的にKONAをめざし、2019年9月のアイアンマン台湾でKONA出場権を獲得した。 MORE PROFILE IM 台湾のレース振り返りは
フィードバックMtg記事を参照

Interviewer

山口一真

株式会社メイクス取締役/KONAチャレ担当
1982年東京生まれ。小学校から大学までバスケットボールに打ち込む。社会人になってスポーツから遠ざかり、一時期体重が100kgを超えたが、選手時代のノウハウを活かした食事と運動により1年間で40kgの減量に成功。2018年、KONAチャレ担当になったのを機にスイム・バイク・ランのトレーニングを始め、木更津トライアスロンでレースデビュー。秋にはアイアンマン台湾を完走した。2019年は宮古島とアイアンマン・バルセロナに出場・完走している。

「仕事を辞めても」という覚悟で
応募したKONAチャレ

山口岡田さんとは昨年、台湾で一緒にアイアンマンデビューしたんですよね。アップダウンが続くバイクコースがきつかった記憶がありますが、今回はあの台湾でKONAの出場権をとったわけですよね。

岡田昨年の台湾まではミドルには出たことがありましたが、ロングは初めてでした。ただ、ラントレーニングの一環として長いトレイルランの大会にも出ていましたから、持久力に不安はありませんでした。今年は転職して練習環境が良くなり、レベルアップしていたので、KONAを狙う気持ちで臨みました。

山口岡田さんで最初に印象に残っているのは、KONAチャレに応募したときの一言コメントです。

「父親の影響でトライアスロンに憧れ、大学時代に先輩に背中を押されてからKONAへの思いは心の中で燃え続けている人生最大の目標。なんなら仕事を辞めても良い。だってホントにKONAに行きたいから!!」
(岡田さんのKONAチャレ・エントリーシートより)

転職してトレーニング環境を整えて、KONA出場権をゲットしたんですから、このコメントをそのまま実現したわけですよね。

岡田応募したときはスポーツ系のアパレル販売会社で副店長をしていたんですが、勤務時間は朝9時から夜8時まで。しかも従業員がそろわず、仕事がハードでストレスがたまる日々でした。

ストレスからスナック菓子をむやみに食べ、体重は今より10kg多い75kg。アパレル販売の仕事に未来があるとも思えなかったので、会社を辞めてアルバイトをしながらでもKONAをめざしたいという気持ちでした。

山口転職して地元の愛知から仙台に引っ越したんですよね? 仕事は大きく変わりましたか?

岡田仕事はKONAチャレの縁でつながった事務職で、今は午前9時から午後5時の勤務で週休2日。遠征のために休みをとることにも理解がある職場です。

山口トライアスロンに理解があるというのはいいですね。

父の影響で始めた
トライアスロン

山口お父さんがトライアスリートだったんですよね?その影響で子どもの頃からキッズトライアスロンに出ていたとか。

岡田小学生時代、父は地元愛知の伊良湖トライアスロンのほか、宮古島にも出ていましたね。家にはトライアスロンの雑誌『トライアスロンJAPAN』がいつもありました。その影響で岐阜のキッズトライアスロンに小2のとき初めて出て、それから4回くらい出ました。

中学時代はサッカー部に所属しながら、有志が集まって陸上の大会に出たりしていましたが、長良川のデュアスロン、カーフマンにも出たりしましたね。

高校では陸上部で長距離と走り高跳びをやっていましたが、部員がほかにいなくてひとりで練習していました。5000mのベストは16分40秒で、インターハイの地区予選止まり。

山口大学でトライアスロン部に入って、本格的に取り組んだ?

岡田最初に入ったのはトライアスロン部ではなかったんです。高校時代ひとりで練習していたのでチームスポーツがやりたくなり、ラクロス部に入りました。高校からやってる選手がいなくて、みんな大学から始めるスポーツがいいと思ったんです。

1年間ラクロスに打ち込んで、私も愛知選抜候補になったりしましたが、2年になって授業が忙しくなったのと、練習の雰囲気があまり良くなくなったと感じるようになって、ラクロスから離れました。

山口そこからいよいよトライアスロン部に?

岡田たまたま学園祭で8時間耐久自転車レースがあって、父のロードバイクで出場したんです。で、トライアスロン部と自転車部が先頭交代しながら走っているところに自分も入って走っていたら、トライアスロン部の人から「君なんでそんなに走れるの?」と言われ、トライアスロン歴を話したら、入部しないかと誘われました。

山口自分のロードバイクは持ってなかったんですか? それで先頭交代に加われるというのはすごい。

岡田トライアスロンはそんなに出てなかったんですが、アップダウンのあるコースを40㎞くらい自転車通学してましたし、ランは毎日15㎞くらい走っていたから、脚力はあったんです。ただ、父は私よりかなり小柄なので、サイズの合わないロードバイクに無理して乗ってました(笑)。

その後、自分のロードバイクも買いましたが、理系の学生だったので授業が忙しく、練習時間が合わないので、結局自分で練習していましたね。学連登録もせず、インカレも日本選手権も出場せず、愛知の蒲郡トライアスロンなど、自分の好きな大会に出ていました。

オリンピックディスタンス(51.5㎞)のタイムは2時間20分くらい。大学生らしい競技トライアスロンというより、自分で楽しむトライアスロンという感じでした。

大学時代の終わりに芽生えた
KONAへの思いがKONAチャレで現実に

山口KONAに出ようと思ったのはいつ頃ですか?

岡田最初に考えたのは大学4年のときです。洞爺湖のアイアンマン・ジャパンが中止になって、同じ年のアイアンマン・ケアンズに、その分の日本人枠が設けられるということになったと聞いたのがきっかけでした。

大学時代はインカレも日本選手権も出ないで終わったけど、これならケアンズで出場権がとれるかもしれないと考えたんです。

写真はKONAスロットをゲットしたIM台湾(9月)のスタート前

山口ケアンズは出たんですか?

岡田結局行きませんでした。行かなくてよかったと思います。たいした努力もしないで出て、万が一出場権を獲っていたとしても、今みたいにトライアスロンを楽しむこともなく、ただKONAに出たというだけでトライアスロンをやめてしまっていたかもしれません。

山口社会人になって数年経って、KONAチャレに応募したきっかけは何だったんですか?

岡田出場レースを探して、たまたまルミナのホームページを見たら、KONAチャレのバナーがあったのでクリックしてみたんです。そこでKONAチャレプロジェクトの趣旨がわかって「KONAに出たい!」という思いが蘇ってきました。

先ほどお話ししたように、仕事が忙しすぎて好きなトライアスロンも満足にできない状況でしたから、(KONAチャレメンバーに)選ばれたら仕事を辞めてもいいというくらいの気持ちを込めて応募のメッセージを書きました。

でも、内心は「どうせ受からないだろう」と思ってましたね。合格通知が来たときも、4月1日だったので、「エイプリルフールじゃないか?」と思った(笑)。

山口それが現実になり、KONAチャレスタートから約1年半でKONA出場権ゲットまで現実になったわけですから、ドラマチックですよね。

これからKONAに向けて
伸びしろは色々

山口岡田さんは陸上出身ですから、KONAチャレ応募時の「2020年のイメージ」では、タイプは「ランアスリート」でしたが、KONAチャレで変わりましたか?

岡田今でもランアスリートです。ただ、ランにくらべてスイムとバイクは発展途上ですから、伸びしろはむしろそちらにあると思います。

山口「体重が重いので上りが苦手」「フラットが得意」と書いていましたが、今は体重はかなり落ちましたよね?

岡田KONAチャレ応募時の75kgから65kgまで落ちました。生活、特に食事が改善されたのと、トレーニング量が増えたのが大きいですね。大学時代は71〜72kgで、それがベストだと思っていましたが、それよりかなり軽く、動きやすい。

KONAチャレ応募時から-10㎏、自然に絞れた身体で臨んだIM台湾

ただ、アイアンマンではある程度筋肉をつけたほうがいいと思うので、これからのトレーニング次第で少し体重が増える可能性もあります。

でも、もう「上りが苦手」ではないですね。アイアンマン台湾のような1㎞以内の短いアップダウンならDHポジションで走れます。

山口KONAに出ているイメージのタイムは、トータル9時間40分、スイム1時間10分、バイク5時間、ラン3時間30分となっていましたが、今描いているKONAの目標タイムはどのくらいですか?

岡田一応トータル10時間20分くらいを目安にしていますが、10時間までは行けるのではないかと思っています。KONAは予選を勝ち抜いた速いアスリートしか出ないレースですから、10時間で総合100位、9時間30分で50位くらい・・・今の実力のままだったら下位でしょうね。

山口これからどの種目のタイムをどう削っていきますか?

岡田スイムはノンウエットだったアイアンマン台湾で1時間12分でしたが、これまでまともな練習をしてこなかったので、これからしっかり練習すれば1時間05分まではいけると思います。バイクは5時間27分でしたが、体重比でパワーが上がっていますから、20分くらいは短縮できると思います。

人生にワクワクできることが
あるって素晴らしい

山口高い目標ですが、そういうチャレンジができるってワクワクしますよね。

岡田竹谷さんに台湾でKONA出場権を獲れたと報告したとき、「このままじゃコース上の観客で終わるぞ」と言われたんです。

確かに今のままではそうでしょう。だからしっかり準備して、チャレンジして、収穫を得たいと思います。

もし結果が悪かったとしても絶望するだけで終わることはしたくない。KONAは何度もチャレンジして、そのたびに次につながるKONAになるようなアスリートになりたいですね。

山口人生の中で追いかけていくものがあるというのは素晴らしいと思います。

11月に行われたフィードバックMtgで、あらためてTK(竹谷賢二さん=写真右)からKONAチャレ卒業の証と祝福を受ける“ケンケン”

岡田大学でラクロス部をやめた後、実質ひとりで淡々とトライアスロンをやっていたので、チームで取り組んだときのような熱量で運動することはなくなり、この先もないだろうと思っていました。しかし、今はそれを超える熱量でトライアスロンに打ち込んでいます。

山口私は大学までバスケットボールに打ち込んでいましたが、今やっているトライアスロンのほうが試合自体はつらいですね。バスケットボールは練習はつらかったけど、試合はそれほどでもなかった。

岡田トライアスロンの中でもアイアンマンはつらいですね。レース中は「なんでこんなしんどい大会に出たんだろう?」と後悔したりします。他の選手を抜くと気持ちが高揚し、その後またつらさに耐えるという繰り返しです。それでもゴールすると、次を考えている自分がいます。

山口そこが不思議ですよね。

岡田今回のアイアンマン台湾では同じエイジのライバルとほぼ33秒差でバイクを終えて、ランで優位に立つためにトランジションでスピードを上げて抜いたんですが、こういう勝負のヒリヒリした感じは久しぶりに味わいました。

IM台湾の表彰式で、同じくKONA出場を決めたKONAチャレメンバー東度久美さん(左)、トレーニングパートナー孫崎虹奈(中央)とともに

夢にチャレンジする仲間・同志と
刺激を与え合うことができる喜び

山口KONAチャレの仲間がレースに出ているというのも励みになりましたか?

岡田折り返してすれ違うタイプのコースだったので、今回KONAの出場権を獲った東度さん孫崎さんを見かけるたびに、「自分も負けていられない」という気持ちになりました。

山口レースに出てない仲間もトラッカーでレースを追っていて、後ろからライバルに追われてる展開を見ながら「逃げろ!」と思ってるわけです。

岡田それを考えると「ここでタレていられない!」という気持ちになり、つらくてもがんばることができました。

山口トライアスロンは個人競技ですが、KONAチャレが所属チームみたいなものですよね。

岡田KONAチャレは色々なトライアスリートに注目されていますから、台湾の選手登録会場やアワードパーティー、夏のお台場のプレ五輪イベントで知らない人から「KONAチャレのケンケンさんですよね?」と声をかけられました。注目されるのはプレッシャーにもなりますが、気持ちの持ち方次第で刺激にもなります。

山口今回、KONAの出場権をとってみて、何か変化はありましたか?

岡田モチベーションが一段上がりましたね。意外だったのは、私個人のことなのに、まわりの人が喜んでくれたことです。台湾で知り合った人が帰国後連絡をくれて、「あなたのKONA出場権獲得に刺激をもらった」と言ってくれました。自分のやってることが他の人のモチベーションになるということがわかって、KONAへのチャレンジをやっていてよかったと思いましたね。

山口KONAチャレのプロジェクトを立ち上げるとき、メンバーがそれぞれの夢、理想に一生懸命向かっていこうとしているのを見て、私もチャレンジしたいと思いました。

目標に向かってひたむきに進んでいく姿というのは、他の人のモチベーションにも刺激を与えるものなんですね。今日はありがとうございました。

かくして“ケンケン”が手にしたKONAクオリファイ・アスリートの証(出場権獲得者だけに与えられるメダル)

“ケンケン”のIM 台湾レース振り返りはフィードバックMtg記事を参照




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