多くのトライアスリートが愛用しているマルチスポーツウォッチ。タイムや距離、距離から心拍、消費カロリー、スイムのストローク数、ランのピッチなど様々なデータを計測できる。
これらのデータをトレーニングやレースでどう活用すれば効果的に速くなれるのか?
KONAチャレ・プロジェクトリーダーの竹谷賢二さん(TK)が、自身の実践方法をふまえて紹介してくれた。
多種多様な数値データを、どう活用していくか?
最近のマルチスポーツウォッチには実に多種多様な機能がありますが、それを役立てるには、それらの機能を使って得られた数値データがどういう意味をもつのか、どう活用していくことができるのか、理解している必要があります。
ここにざっとまとめてみましたが、補給からスイム・バイク・ランまで、色々な数値データを活用することができます。
今回は私のレース(2018年の宮古島、アイアンマン・ケアンズ、KONA)とトレーニングでの数値データの一部を例として、レースのデータがどういう意味をもち、それを基にどんなトレーニングをして、どんな効果が得られたかを紹介します。
トライアスロンは完走するだけで楽しいという人もいますが、完走が当たり前になってくると、それだけでは楽しいと感じられなくなってくるものです。
そういう人はトレーニングの何を改善したらより速くなるか考え、工夫します。タイムやスピードなどの数値は現状を把握し、トレーニングを改善していくための根拠になります。
こうした努力が成果になって表れると、喜びや達成感が味わえます。成果が出なくても、どこに問題があったのかさらに分析し、次に向けた取り組みを進めることができます。
補給
カロリー消費量から補給戦略を組み立てる
最初に私のKONA、宮古島、ケアンズのタイム・距離・カロリー消費量などをまとめてみました。
ここでとりあげるのはカロリー消費量です。
私がアイアンマンで消費するカロリーは約6300kcalだということがわかります。
次にこれをどう補給するかを考えます。
レースではLT(乳酸閾値)レベルの強度で動き続けますが、この強度での消費カロリーは脂肪由来が30%、残り70%がグリコーゲン由来と考えられます。
6300kcal×70%=4410kcal
そのうち2000kcalが体内に貯蔵されているとすると、補給する必要があるのは2410kcalということになります。
体重や運動強度、体質によって変わりますから、みなさんはそれぞれの数値や傾向を当てはめて計算してください。
もっと低い運動強度の場合は脂肪の割合が大きくなるはずです。
次に、1時間あたり吸収できるカロリー量を考えます。 これは大体60g=240kcalですから、レースのトータルタイムが9.5時間なら、吸収できるカロリー量は240kcal×9.5時間=2280kcalということになります。
補給戦略をトレーニングで試してみる
補給戦略はカロリー消費量だけでなく、それをどんな食品で摂取するかが重要です。味やフレーバー、粘度、舌触り、口当たり、飲み込みやすさなどを考える必要があります。
私の場合は主にジェルですが、食感などに変化をつけるために、固形物も用意します。
バイクは水分の多いジェル10本とエネモチ3個で計1467kcal、ランはジェル8本計832kcal。
これをいきなりレースでとるのではなく、あらかじめバイク5時間+ラン3.5時間のトレーニングで試します。
レース中はストレスがかかった状態で食べますから、普通に食べるときは問題がなくても、本番では受け付けないということもあります。レースに近い状態で確認し、慣れておくことが重要です。
スイム
オープンウォーターでの蛇行防止
次にアイアンマン・ケアンズのスイムのデータを見てみましょう。
地図の海に示された赤い線は私が泳いだ軌跡です。
蛇行することで、点線で示された最短コースのラインからどれくらいはずれているかがわかります。
蛇行はヘッドアップや呼吸の動作、左右差などを改善することで少なくすることができます。
普段からこうした要因を意識して練習するほか、プールとオープンウォーターでの100mの速度を計測して、レースでの落ち幅を把握しておくことも重要です。
ストローク数を計って
泳ぎの効率を改善
もうひとつ私が使っているガーミンのマルチスポーツウォッチにはSWOLF(※プール長1ラップを泳ぐのに要した時間(秒)とストローク数の合計から算出する泳ぎの効率を把握する指標)の計測機能があります。
1ラップあたりのストローク数が少ないほど、1ストロークで進む距離が伸びている、つまり効率的に泳いでいることになります。
SWOLFを定期的に測定し、目安とすることで、自分の泳ぎが(効率)良くなっているかどうかを把握することができます。
この図は1時間半のスイムセッションにおけるペースとSWOLFを数値とグラフで表したものです。
セッション全体でストロークにバラつきがありますが、これは意識的にゆっくり泳いだりしているメニューが挟まっているからで、これだと自分のストロークが良くなっているのかどうかが見えにくくなります。
そこで定期測定ではストロークを意識して泳いでラップをとり、SWOLFを比較していきます。
普段のスイム練習で、メインメニューだけラップをとってSWOLFを比較していくこともできます。
グラフを見ると、メニューの中で疲れてきてストロークが増えてしまっているといったことも把握できます。
バイク
トライアスリートは
レースの強度をターゲットとした練習を優先する
バイクはパワーメーターと併せて活用できると、マルチスポーツウォッチで一番色々なデータがとれる種目です。
スピード、平均速度、時間、ケイデンス、パワー、エレベーション(獲得標高)といったデータをどう活用していくかを見ていきましょう。
まず意識したいのは強度のターゲットゾーンです。
レースでのパフォーマンスを上げるには、レースに近い強度でどれだけ練習するかが最も重要だからです。
自転車単体の選手なら色々な強度で練習する余裕があるかもしれませんが、トライアスリートは3種目練習しなければなりませんから、効果的・効率的に練習するには、まずレースの強度をターゲットとしたトレーニングを優先する必要があります。
これでパフォーマンスの伸びが止まったら、高強度のインターバルトレーニングやLSD的な低強度トレーニングをやればいいと私は考えています。
まず、私の3大会におけるバイクの強度を見てみましょう。
心拍とパワーのゾーン分布が棒グラフで示されていますので、主にどのあたりの強度で走っていたかがわかります。
トレーニングではこの強度をターゲットとしてトレーニングします。
次の図は練習でのターゲットゾーンを表示したものです。これによってコースのどの部分、全体の何%が効果的な練習になっているかがわかります。
●ラップをとる
トレーニングではコース全体を通じてターゲットゾーンがキープできるわけではありませんから、ラップボタンを押して区間ごとのデータがとれるようにしています。
レースに近い強度で走れる区間で定点観測することで、どれだけ的確なトレーニングができたかが把握できます。
●ペーシング
結果を分析するだけでなく、走りながらターゲットゾーンの強度をキープするペーシングにも、パワーメーターは役立ちます。
スピードは風の影響を受けるので
パワーを意識して走る
このグラフはスピードとパワーの関係を表しています。
塗りつぶしのブルーのグラフはスピードの変化、明るい水色の折れ線グラフはパワーの変化です。
パワーがほぼ一定なのに対して、スピードが区間によって極端に変化しているのは、同じコースを往復していて、風の影響を受けたからです。
スピードは風の影響を受けますから、速度を一定にしようとすると強度変化の激しい走行になってしまいます。スピードではなくパワーを一定に保つ走りをする必要があることがわかります。
アップダウンも
一定のペースをキープする
次に2018年のKONAのバイクパートのデータを詳しく表示した画面を見てみましょう。
タイムや距離の下、平均速度の右に獲得標高計1376mが表示されています。KONAのコースに山はありませんが、アップダウンを繰り返すので、トータルでは300mの山4回以上に相当する高低差を上る計算になります。
そのほかに平均心拍数、平均パワーなどが表示されていますが、右の列の上から5番目に「正規化されたパワー(NP)」というのがあります。これは走行中に生じたパワーの変動範囲を加味した平均パワーです。
平均パワーとNPの値が近いほど、上げ下げが少なく、一定のパワーをキープできたということになります。
トライアスロンで大事なのはいかに平均的に走るかです。
そのためには抜かれたからといって熱くなって抜き返したりせず、なるべく一定のパワーで走る必要があります。
レースでターゲットとなる平均パワーを設定するには、FTP(Functional Threshold Power 1時間維持できるパワー)を基準として算出します。
FTP値は、パワーに対する心拍データを分析することで算出されます。FTP値はKONAチャレメンバーの3カ月に1回の定点観測でも計測していますが、トレーニングを続けていると向上していきますから、定期的に計測しておく必要があります。
なぜパワーだけでなく
心拍もチェックが必要か?
次にパワーと心拍の関係について説明します。
青いグラフがパワーで、赤い折れ線グラフが心拍数です。
パワーが物理的に計測された数値であるのに対して、心拍は身体の状態を反映しますから、変化はパワーよりやや遅れて表れます。
パワーを一定に維持しても、心拍数は疲労の蓄積により、時間とともにジワジワ上昇していきます。
パワーを維持することはもちろん重要ですが、パワーだけチェックして、心拍を無視して走り続けていると、自分の疲労に気づかないという危険があります。
たとえば私は4月の宮古島で、ランの途中から脱水になりましたが、後からデータを見たところ、バイクでややスピードを上げ過ぎて、心拍が高くなっていたことがわかりました。
つまり身体の負担が大きくなっていたということです。
ターゲットゾーンは
LTとその少し下
ターゲットゾーンは人によって異なりますが、私の場合はLT(Lactate Threshold 乳酸閾値)とその少し下あたりをターゲットゾーンにしています。
【ゾーン】
L1(~55%)※ Active Recovery/回復走
L2(56~75%) Endurance/耐久走
L3(76~90%) Tempo/テンポ走
L4(91~105%) Lactate Threshold (LT)/乳酸閾値
L5(106~120%) VO2max/最大酸素摂取量
L6(121~150%) Anaerobic Capacity/無酸素運動容量
L7(151~%) Neuromuscular/神経筋パワー
※パーセント表示はFTP比
上のような運動強度レベルで言うとL4とL3です。
LTを超えると急に乳酸が大量に出て、身体への負担が大きくなるので、できるだけ超えない範囲で近い強度をキープします。
KONAに出ているアスリートはレースで最後まで維持できるギリギリの強度をターゲットにしています。
完走目標の人はもっと楽な強度をターゲットに設定する必要があります。
レースで目標を達成するには、トレーニングでなるべくこのターゲットゾーンを多くすることが重要です。
ケイデンスとパワーの関係
パワーというのは単なる力ではなく、モノにかける力にモノを動かすスピードをかけ合わせたものです。
自転車の場合はペダルにかける力にケイデンス(回転)をかけたものがパワーです。
したがってペダルに力(体重)をかけるだけでなく、ケイデンスをコントロールできることが重要になります。
ケイデンスを意識したトレーニング
ケイデンスのコントロールでまず必要なのは、一定の回転を維持する能力です。一定の回転をキープすることでパワーを一定に保つ練習をします。
この画像のグラフはオレンジがケイデンス(回転/分)で、赤い線がその平均値、青い折れ線グラフがパワーです。
まず下のグラフではケイデンスがほぼ一定に維持されています。これは一定のケイデンスで一定の速度をキープする練習をしたときのものです。
これに対して上のグラフでは、最初ケイデンスが100くらい、次に50くらいに下がり、その後は80〜90をキープしています。
これは最初軽いギヤで高回転、次に重いギヤで低回転、さらにその中間のちょうどいいギヤでちょうどいい回転という走り方をして、同じくらいのパワーを出す練習をしたときのものです。
ずっと同じギヤ、同じ回転で練習するより、ギヤを変えてペダルにかける力とケイデンスに変化の幅をもたせると、ペダリングが改善され、パワーを維持する能力やターゲットゾーンで出せるスピードを効果的に上げることができます。
パワーメーターのセンサーを使うと
ペダリングの良し悪しが見えてくる
ペダリングの良し悪しはなかなか見えにくいものですし、自分でも気づきにくいものですが、パワーメーターを使うとそれが見えてきます。
この画像はペダルにかける力の左右差や角度を数値と図で可視化したものです。
これによって、良いペダリングができているという自分の感覚と客観的な状態をすりあわせながら、ペダリングを改善していくことができます。
たとえば自分で良いペダリングができていると思っても、スピードが上がっていなかったり、心拍が上がっていたりしたら、どこかに問題があるはずです。
そんなときこのデータ・図を見ると、下のほうでペダルに力をかけていたりといった問題が明らかになります。
空気抵抗とスピードの関係を
データで確認しながら練習する
パワーを一定に保っても、フォームやヘルメット、バイクの装備などを変えることで平均速度が上がることがあります。
これは空気抵抗が低減されるからです。
この数値データは、トレーニングにおけるパワーとスピード、心拍などを比較でき、エアロダイナミクスとフォームがどのようにパフォーマンスに影響しているかがわかります。
パワーを維持するだけでなく、こうしたフォームや装備を工夫しながらデータをとっていくと、何が効率的な走行にプラスなのかわかり、同じパワーでもより速く走ることができるようになります。
コースに合わせた
アップダウンの練習
先ほどKONAのバイクコースはトータルで約1400m上ると言いましたが、レースで良い結果を出すためには、トレーニングでレースのコースに合わせたアップダウンの練習をする必要があります。
このデータは去年のKONAの前に行ったバイク練習です。
距離は142㎞ですが、高低差の合計はKONAよりも大きいコースで練習しています。
一般道ですから信号を守りますが、アップダウンはなるべくレースに近いパワー、心拍数、ケイデンスで走りました。
自分が使いたい機能だけ使う
色々な数値データの活用法を紹介してきましたが、スポーツウォッチにはこのほかにもたくさんの機能がアプリのかたちで用意されています。
しかし、あれもこれも使おうとしていたらキリがありません。
自分はどの機能を何のために使いたいのかをまずハッキリさせて、その機能だけを活用するようにしましょう。