KONAチャレンジEXPOワークショップレポート

夢を現実に変える、メンタルトレーニング

4月に株式会社メイクスで行われたトライアスリートの挑戦を応援する“学び”の総合イベント「KONAチャレEXPO」では、メインのトークセッションの他、さまざまなセミナーやワークショップを開催した。そのうちのひとつ、スポーツ心理学の権威である、布施努先生による「夢を現実に変える、メンタルトレーニング」の講義内容について、その一部を紹介。

勝つアスリートは名俳優

自分がどんな性格かは関係ない、誰でも名俳優になればフィジカルもメンタルも強く、勝てるアスリートになる――ってどういうこと? 単なるトレーニング論では得られないワークショップには多くのアスリートが集まった。布施努先生は対話しながら進めていくスタイルなので、参加者になったつもりで一緒に楽しもう。

Profile

講師プロフィール
布施 努 Tsutomu Fuse

ノースカロライナ大学グリーンズボロ校大学院にて博士号取得。
NPO法人ライフスキル育成協会代表。米国スポーツ心理学博士。
スポーツ心理学の最高峰ノースカロライナ大学グリーンズボロ校にて博士号を取得。米国五輪組織やNFL数球団のメンタルコーチを務める世界的権威のDr.Gouldを師とし、最先端のスポーツ科学をベースにフィールドでメンタルトレーニングを共に行える数少ないスポーツ・サイコロジスト。
https://www.fuse-sps.com/profile

心配性な人は勝てます!

布施先生さっそくですが、今自分が抱えている疑問点とか、考えていることがあれば、まずはそれからお答えしていきたいと思います。私は、現場にいるスポーツ・サイコロジストなので、こうやって選手たちと話していきながら進めていくのが普通です。トライアスロンをやるうえでの疑問や聞きたいことがあればどうぞ。

参加者Aさんあの、心配性なんですよ……。シーズンインしてレースがどんどん迫ってくると、一刻一刻と気持ちが不安になってきて。漠然としている部分と具体的な部分とあるんですけど、それをいかに取り除くか。これとどうやって付き合うか、それを知りたいです。

布施先生まず基本的に心配性な人は勝てます。

参加者全員え? えー?

布施先生オリンピックで金メダルと獲るような人たちも次のレースは大丈夫なんて思わなくて、心配なことがいっぱいある、と言います。まず、皆さんに知っておいていただきたいのは、心配と思うのは、悪いことではなくて、人なら必ず心配に思うことはある、ということです。

たとえば、練習のときのことを思い出してください。心配事がたくさんある状態よりもむしろ何も考えないで、ダラーとしている状態のほうが良い練習はできないはずなんですよ。

だからといって心配事を放っておくわけにはいきません。不安になりますから、その対処法を知りたいですよね。
まず心配なことがあったらノートに書いてください。ありのままに。そして、その心配に対して、対策まで書くようにしてください。簡単に言いましたが、実際にはこれが最初からうまくいかない(書けない)わけです。

なぜ書けないかというと、心配していることに対して、必ず正解がある、という意識が働いてしまうからです。でも正解はない。だから、正解を考えるのではなくて、心配なことへの対処方法として、「こうやってみようかな」と考えることが大切。まず作ってやってみようと考えることが重要です。

心配症ってダメなんじゃないかと思う人は多いと思うのですが、心配性な人は勝てます! 大丈夫です。

一番ダメなパターンは「そういうネガティブなことは考えちゃダメなんだ」という人で、「ポジティブなことだけを考える」と言ってそのネガティブなことから、目をそらす人です。そういう人は、レース中にその目をそらしていたことが現実に起きがちです。そのときに対策ができず、撃沈してしまうことが多いのです。

その次に、うまくいかないのは、心配なことをそのままにしておく人です。心配事があることは悪いことではないですが、そのままにせず、とりあえず対策を立ててこうしよう、ああしようと考えることが大切です。

<この他、心配事への対処法、作り方のコツなどを教えてもらい、多くの質問にその場で的確にこたえていく様子に参加者の皆さんはすっかり引き込まれていった>

目標の立て方とCSバランス

先ほどの話にもありました目標について。目標を立てるにはコツがあります。目標は2つセットで考える、ダブルゴールというものを私は選手に教えています。

最終的に1年後のレースに出たいので、そこに至るまで小さな目標をたくさん立てます。たとえば、KONAチャレンジのような「KONA出場」という最終的な目標を立てる。そういう目標があった中で、小さな目標は時間軸をズラして立てていきます。

その目標を作る際はCSバランスと言って、チャレンジ目標とスキルのバランスを参考にしましょう。

(参照・Csikszentmihalyi, M. (1975). Beyond boredom and anxiety: Experiencing flow in work and play, San Francisco: Jossey-Bass)

逆に同じ練習ずっと繰り返していくと、だんだん頭の中が退屈になってきます(表の退屈ゾーン)。そうすると、やらなきゃというタスク感でいっぱいになってやる気が失せます。仕事もそうですよね、最初はあんなに面白かったのに何で今はつまらないんだろう、と。目標設定とスキルのバランスが崩れると、そういう状態になってしまうわけです。

仕事でも同じことが言えて、「僕の仕事は単調で変わらないんです」と言う人もいますが、それに対して、目的意識を変えたり、目の付け所を変えたりすると、同じ仕事でも変化が生まれます。このように自分でバランスを整えていくと、目標の高さに対して良い心理状態で取り組めるようになります(フロー状態)。

トップアスリートは目標をレース中や試合中に自分で勝手に作れるし、どんどん変えていけるんです。これができればいいですが、とても難しい。だから、最初は決め打ちで、最高目標は○○、最低目標は○○と決めておいたほうがうまくいきます。

演じ切る! 役割性格とは?

トライアスロンは個人スポーツですから、コーチがいつもサインを出してくれればいいけれど、そうもいかない。その中で、良いヒントとなっているのが、「逆算思考」と「役割性格」です。

ちょっとお聞きします。小さいときと比べて、性格が変わったと思う人? 変わらないと思う人? どちらでしょう。

僕が感じたことは、トライアスリートは変わらないと思う人が多い印象です。これが、街で行きかう人に聞くと逆転します。変わったという人が6割。心理学的に言うと、性格は変わらないんです。

成熟すると感じるから変わったと思うのかもしれません。では、成熟とはどういうことでしょうか。心理学的に言うと、「自分で自分のことがよく分かる」ということです。

たとえば、幼稚園の子どもたちは、隣の子をぶってしまうことがあります。「ダメ」と言われても1週間後に同じことをしてしまう。なぜか。それは、行動を止めたとしても、同じようなシチュエーションだと、カーッとてしまう自分に気が付いていないからです。だからまた同じようにカーッとしてしまいます。

少し成長して、小学生になるとそんな風に怒る子はほとんどいない。「隣の子をいきなりぶったら、友だちできないよなぁ」と思うからです。そうすると、友だちを作るべく、こんなことで怒るのはやめよう、もっとみんなとにこやかに話しかけてみようか、などと考えるようになります。

このように、もともとの自分の性格は変わらないけれど、役割の性格をもっている必要がある、ということです。

たとえば、卓球の伊藤美馬選手はある時期すごく悩んでいたそうです。そんなとき、お母さんから「役割性格」の話を聞いて、自分の性格は結構いろいろあるけれど、そんなの必要ないんだ! 勝てる性格をちゃんと具体的にして、それを演じていけばいいんだと、思いそうしたらどんどん強くなりました。

また、宮里藍選手が引退してから子どもたちに強さの秘訣は? と聞かれたとき、ゴルフの技術的なことは一切言わないで「私は女優力があったら、アメリカでもやっていけたのよ」と言ったそうです。

この役割性格を理解するためには、その構造に気づく必要があります。そのためには、まず自分のことがどのくらい分かっているかということが重要になります。

皆さん、どれくらい自分のことを分かっていますか? あなたは、50%ですね? そちらの方は40%? 次は30%ですか?

東アジアの方の集まりという感じがします。最初の方が50%と言ったら次は40%かな? これくらいが正解かな、という感じで手を挙げていましたね。僕たち、東南アジアの人たちは、インターパーソナルセルフと言って自分を見るときに、「みんなの中での自分」と考えます。だから、正解が気になるんです。

でも、欧米の人たちは、インディペンデントセルフなんです。いろいろな宗教や神様、信仰がありますよね。欧米の人たちは 神様の前に自分は正直でありたいだけ、だから誰がなんと言おうと、自分が思っていることを表に出せばいいんです。同じ質問をしたときに、100%分かっているという人もいれば、そのすぐ後に10%の人が出てきたりするというのが普通です。

僕たちはそういう感覚があまりない。スポーツ心理学でセルフトークというのがありますが、それは自分でいろんなことをしゃべりましょうということです。でも僕たちは、インターパーソナルセルフなので、単純にセルフトークなんかできないんです。

そこでひとつ何かを噛ませる必要があるわけです。たとえば、普段の生活を考えてみましょう。会社で仕事をしている自分は、家にいる自分とは違いますよね。また、配偶者の前と子どもの前でも違った自分が出てくるはずです。

スポーツもそれと一緒なんです。レースのときも、どういうレースにしていくか、そのためにはどうすべきかを考えることがすごく重要です。考えたら、今度はそれをどうやって演じていくのかがキーになっていきます。

演じる力のトレーニング

では2人一組になってもらいましょう。

自分の目指すレースには、絶対達成したい最高目標があると思います。今回のワークショップに参加するにあたり、「どんなレースにしたいか」ということを考えてください、と課題を出しましたが、その理想のレースができる自分というはどういう自分か考えてみてください。人物像を明確にします。今の自分じゃなくていいんです。理想的な自分ですね。それを今、書いてみましょう。

たとえば、粘り強い自分とか、ちょっとしたことでは動揺しない自分とか。さらに言うと、今の自分とは全然違っていいんです。今できなくてよくて、自分自身はどういうタイプか、たとえば「すぐ諦めちゃう」とかそういうことが分かってくくればいい。

次に、今書いたことを隣の人に話してください。私はこういうレースができる人になりたいというのを語ります。聞く人は、コーチになったつもりで聞き出してください。うまく質問してしゃべりやすい雰囲気を作ってあげてください。

終わったら、フィードバックしましょう。しゃべってくれた人が聞いてくれた人に対して、しゃべりやすかったかどうか。このトレーニングは役割を演じるトレーニングなので、実は聞いている側のトレーニングなんですね。コーチになったつもりで役割を演じてもらったということです。

たとえば、「怖そうでしゃべりにくかったよ」と言われると、「あ、ちょっと表情が硬いのかも、もしかしたら、会社でも? 部下が言いにくそうなのはこれが原因か」などが分かってくる。そうしたら、変えられるわけですよね。表情に気を付けようとか。

今度は、話す側と聞く側を入れ替えましょう。体感値としては、2セット目のほうが短く感じるはずです。というのは、より役割性格を意識できたので、やることがハッキリしたからです。この状態を作るのが、すごく重要です。

ただ、このままだとひとつ問題があります。ここで「良いことを聞いた~♪」と思っても、帰ってから継続できるでしょうか。

唐突ですが、皆さん、ノートに利き手以外の手で名前を書いてください。なるべく丁寧に漢字で書いてください。パスポートにサインするような感じで。その下に、利き手で書いてください。どうですか?

利き手以外で書いたときはどんな感じでしたか? なかなか慣れないのでバランスをとるのが難しいですよね。

この利き手ではないほうが 役割を演じるときの自分です。注意して書かなきゃとか難しいとか、いろいろと面倒なので、すぐ利き手に戻したくなります。つまり、役割を演じるのを忘れて、普段の自分に戻ってしまうとうことです。役割性格を作っていくことは、メンタルを強くしていくことなので、簡単ではありません。やはり大変なんです。

それを覚えておいてください。日々、「利き手ばかりになっているな、逆の手は大変だけど、でもやらないといけないな」と思い出すようにします。

本だけ読んでやった気になったり、セミナーに出て終わっちゃったり、という経験がある人もいるでしょう? こういう風に意識を整理してあげると、プレゼンテーション効果だけで終わらず、毎日ちょっとずつ進んでいきます。

自分がセルフプロデューサーだと思ってください。つまり、俳優であり監督でもある。演じるスキルが足りない場合、そこに練習が入ってきますよね。メンタルは見えないですから、そういう構造をしっかり作って、できないことはトレーニングして強くしていかなくてはならない。

今、自分にできることを毎日やっていけば、「勝つ」トライアスリートに変化していきます。皆さん、ぜひ名俳優になってくださいね。

布施努先生は企業やチーム、学校などに赴いて、講演会やワークショップを行っています。興味がある人はぜひ、問い合わせを。
https://www.fuse-sps.com/contact もしくは https://triathlon-lumina.com/support.html(問い合わせ内容を「雑誌」にして) まで。

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