KONAを目指す挑戦者たちのライフストーリー

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牧野星さん

自分を変えたトライアスロン、KONAチャレ。
そして今、49歳の新人薬剤師として挑戦が始まる

誰とでも打ち解け、楽しそうに話す牧野星さん。ストイックにハードなトレーニングを重ねるKONAチャレメンバーの中で、場の雰囲気を明るくしてくれる貴重な存在だ。フェイスブックを通じて情報発信も積極的に行っている。

一方、KONA(アイアンマン世界選手権)へのチャレンジも大詰めを迎えている今年、仕事環境を大きく変え、新しい挑戦をスタートさせたという。

新しいことにチャレンジする姿勢や、明るく楽しく仲間の輪を広げるスタイルはどのように形成されたのか、新型コロナウイルスの感染拡大で行動が制限される中、何をモチベーションとしてトレーニングに打ち込んでいるのか、なぜ49歳で新たな仕事にチャレンジするのか?

プロフィール

まきの・たかし

1971年、愛媛県松山生まれ。薬局を営む両親の影響から、薬科大学で薬剤師の資格を取るも、製薬会社に就職。MR(医薬情報を医療の現場に提供する専門職)として忙しい日々を送る。10年前、MRの業務が大きく変化し、時間に余裕ができたのをきっかけにジョギングを始め、マラソン、トライアスロンに挑戦。2016年アイアンマン(IM)ケアンズでチームメイトがKONA出場権を獲得したのに刺激され、KONAを目指すようになる。2018年、KONAチャレのフレンドメンバーに選ばれ、同年末からレギュラーに。2019年、長年勤めた製薬会社を退職。海外に生活拠点を移してトライアスロン漬けの生活をスタートしようと準備を進めていたが、新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに方向転換。薬剤師として新たなキャリアをスタートさせた。

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Interviewer

山口一真

1982年東京生まれ。小学校から大学までバスケットボールに打ち込む。社会人になってスポーツから遠ざかり、一時期体重が100kgを超えたが、選手時代のノウハウを活かした食事と運動により1年間で40kgの減量に成功。2018年メイクスのKONAチャレ担当になったのを期にスイム・バイク・ランのトレーニングを始め、同年秋にはIM台湾を完走した。以後も毎年アイアンマンや宮古島などに出場を続けている。(写真はKONAチャレメンバーとともに千葉・館山での合宿に参加したときのもの)

30代終盤で始めたジョギングが
生活を変える大きなきっかけに

山口牧野さんは少年時代から何かスポーツはやっていたんですか?

牧野小学3年生から地元のクラブチームでサッカーをやっていました。漫画『キャプテン翼』の影響でまわりがみんなサッカーをやっていたのに影響されたんですね。大学まで続けましたが、社会人になって仕事が忙しくなり、自然と運動から遠ざかりました。

山口仕事は製薬会社でしたね?

牧野そうです。愛媛の松山出身で両親が薬局をやっていたので、薬科大学に進んで薬剤師の資格を取ったんですが、製薬会社に就職して、東京でMRの仕事をするようになりました。

山口トライアスロンを始めたきっかけは何だったんですか?

牧野10年前にMRの仕事が業界全体でガラッと変わったことですね。それまでMRは医薬情報を提供するだけでなく、営業としての役割も大きいので、飲み会やゴルフなど接待漬けの日々でしたが、その年から医薬業界全体でMRの活動が情報提供に限定され、接待が一切なくなったんです。

それまでかなり不健康な生活をしていたので、時間ができたのを機に、健康を取り戻そうと、ジョギングを始め、たばこをやめました。

山口まずジョギングから運動を再開したわけですね。

牧野そうです。少年サッカー時代は走るのが嫌いだったんですが、会社の人たちとマラソン大会に出るようになり、次第にのめり込んでいきました。

ジョギングから運動を再開し、マラソン大会に出始めた当初、多摩川での大会に参加した時の写真。「この頃は子どもたちも応援に来てくれてました」(牧野さん)

SNSで地元愛媛の同級生とつながり
誘われてトライアスロンを始める

山口マラソンからトライアスロンへ種目を広げたきっかけは?

牧野フェイスブックを始めたことですね。走り始めてしばらくした頃、愛媛の高校の同級生とつながり、その中に愛媛の伊予市トライアスロンという大会に出ている人がいて、一緒に出ようと誘われたんです。

山口その時点でスイムとバイクはどうだったんですか?

牧野バイクは親戚にたまたまロードバイク好きの人がいて、ちょうど勧められて買ったところだったので、これは何とかなる。問題はスイムで、100mも泳げないくらいでした。

山口スイムは時間がかかりますよね。大会までどのくらい時間があったんですか?

牧野誘われたのが2012年の11月で、大会が翌年の8月でしたから半年と少しありました。自己流でやっていたらダメだろうと考え、12月に家の近くで松山文人(アヤト)さんが主宰しているアヤト・トライアスロンスクールに入会しました。

トライアスロンを始めた当初から所属している松山文人さん(写真手前中央)主宰のアヤト・トライアスロンスクールの仲間と

山口私もメイクスのKONAチャレ・プロジェクト担当としてトライアスロンに出場すると決まったときには、100m泳げませんでしたから、苦労はよくわかります。最初は(スイムトレーニングセッションでも)途中で立ちながら泳いでいましたね。

牧野私もです。スクールの人たちがどうして延々と泳ぎ続けられるのか不思議でした。入会から1カ月後に1500m記録会というのがあったんですが、何度も足をつきながら泳いで、35分くらいかかった。

山口1カ月でそれならすごいですよ。

牧野コーチに教わりながら、ゆっくりなら泳ぎ続けられるようになっていきました。伊予市トライアスロンの前に、コーチの勧めで6月の伊豆大島トライアスロン(51.5km)に出たのが初トライアスロンだったんですが、その後のどんなレースよりも感動しましたね。1500m泳げたことがうれしくて、バイクに乗りながらウルウルしてました。

地元高校の同級生たちと出場している伊予市トライアスロン大会inふたみ。トライアスロンを始めるきっかけとなった第2回大会の2人から参加メンバーは徐々に増えて7人に

トライアスロンを通じて
広がった人のつながり

山口故郷の愛媛で昔の仲間とトライアスロンに出場して、何か変わりましたか?

牧野それまでは盆暮れに帰省しても、ほぼ実家で過ごすだけだったのが、フェイスブックで同級生とつながり、トライアスロンに出たことで、地元とのつながりが濃くなりました。愛媛のローカルテレビが毎年「同窓会トライアスロン」という切り口で、我々の仲間を紹介してくれるようになったんです。トライアスロンだけでなく、愛媛マラソンにも仲間で出場し、人の輪も広がっていくのが大きな楽しみになりました。

山口トライアスロンは人の輪を広げてくれますよね。

牧野2016年から約3年間、仕事で北海道に単身赴任していたんですが、そのときも松山さんが北海道のトライアスロンショップ「スポーツスウェット」の代表・久保埜雅裕さんを紹介してくれました。

久保埜さんは元チームケンズのメンバーで、長年北海道のアスリートの指導・育成・サポートをしてこられた方です。3人のお子さんもトップ選手として活躍しています。私も久保埜さんに色々教えていただきました。

山口北海道は楽しそうですね。

牧野仕事や旅行で北海道を訪れた東京のトライアスロン仲間が遊びに来て、一緒にランやスイムをやることもありました。

北海道赴任時は現地のトライアスロンショップ「スポーツスウェット」のチームでトライアスロンライフを満喫(写真は苫小牧ハスカップ大会のレース後。写真前列左から2番目が代表の久保埜雅裕さん)

仲間のスロット獲得を目の当たりにし
自分もKONAを目指そうと決めた

山口KONAを目指すようになったきっかけは何ですか?

牧野アヤトのメンバー6人で出場した2016年のケアンズですね。私は初アイアンマンだったので、完走できただけで満足だったんですが、仲間のうちふたりがKONAのスロット(出場権)を獲得したんです。それを見て「自分も本気でKONAを目指したい!」と思いました。

山口KONAチャレにも迷わず応募した?

牧野いや、ギリギリまで迷いました。北海道に赴任して1年足らずでしたし、東京でのミーティングやイベントに参加できるかという不安もありましたからね。

結局締め切りの夜になって、たまたまその日が締め切りだということを思い出し、「ここで応募しないと後悔する」と考えて、急いでWEBの書式に記入しました。たぶん送信したのは11時59分くらいでした。今考えると、応募してほんとによかったと思います。

山口そういう話を聞くとうれしくなりますね。メンバー一人ひとりにライフストーリーがある。応募してくれたからこそ、牧野さんともこうして合宿や宮古島などで一緒になり、仲間としてつきあっている。

牧野KONAチャレでチーム以外の人と出会い、ルミナの合宿やレースでさらにそのまわりの人たちと出会い、どんどん輪が広がっていく。そこがいいですよね。

人に必要とされ、役に立ち
喜んでもらえる楽しさ

山口牧野さんを見ていると、やさしい人だなと思うんですが、ご自分ではどう思います?

牧野争いごとを避けるタイプではありますね。

山口生まれつきですか?

牧野そうですね。

山口MRのように営業的な性格もある仕事では苦労したのでは?

牧野押しが弱いので、成果を出すのに時間がかかりましたね。根は面倒くさがりで、サボりたいから、楽をして結果を出すためにどうしたらいいかを考える。まわりからは「仕事してないのに結果を出してる」と言われます。「トライアスロンばっかりやってるのに、どうして結果が出るんだ?」とか(笑)。

山口牧野さんなりの工夫はあるんでしょうが、それが外からは見えにくいのかな?

牧野効率を考えて仕事をしているんですが、それが楽をしているように見えるのかもしれません。

MRとして製薬会社に勤務していた牧野さん。やさしい性格から「押しが弱い」なんて言われることもあった一方、効率の良い仕事で成果を上げ、表彰されることも(写真は会社で表彰され際の授賞パーティー)

山口牧野さんの人柄でもうひとつ特徴的だと思うのは、人を元気づけるのが好きな人だなということです。積極的にフェイスブックでトレーニングやグッズについて活発に情報発信したりとか。

牧野喜んでもらうのが好きなんです。ガーミンの使い方とか、質問をたくさんもらいます。私自身ただのユーザーで、そんなに詳しいわけじゃないから、必死に調べて答えるんですけど、「ありがとう」と言われるとうれしい。それが情報発信のモチベーションになっています。

トライアスリートとして格別実績があるわけでもないのに、人の役に立てている。自分も初心者のとき、わからないことだらけで、いろんな人に教わりました。教えてもらうありがたさがわかるから、色々聞いてもらえるとうれしいんです。

山口私もいろんな人に教わり、助けてもらいました。トライアスロンは3種目あるだけに練習やツール、レースにまつわるノウハウも知らなければならないことがたくさんある。牧野さんのような人がいてくれるとうれしいです。

牧野聞かれたり教えたりのコミュニケーションもまた人の輪を広げてくれますから、それが教える側にとってもやりがいになります。

SNSなどを通じた情報発信にも長けている牧野さん。コロナ渦の中でもZwiftを活用したインドアトレーニングへの取り組みなどを積極的に発信している

夢中になることがあるからこそ
家族も理解してくれる

山口牧野さんは今、北海道から東京に帰ってきているんですね? フットワークが軽いから、どこに住んでるのかわからないところがありますが(笑)。

牧野去年の3月に帰ってきました。実はそのとき製薬会社を早期退職したんです。

山口それはまたどうして?

牧野KONA出場に専念してみようかなと思ったんです。練習拠点を海外に移すことも考え、ハワイへリサーチに出かけたりしていました。ところが今年になって新型コロナウイルスの感染拡大が起きて、考えが変わり、薬剤師として調剤薬局で働くことにしました。すでにこの4月から勤務を始めています。

山口これはまた驚きの転換ですね。ご家族もありながら、そんなに自由に、大胆に生きられる、生き方を変えられるというのはすごい。結婚はいつ頃だったんですか?

牧野26歳のときです。娘がふたりいるんですが、長女が大学2年、次女が高校1年です。子どもに手がかからなくなったから自由にできるということもありますね。人からよく「家族がいるように見えない」と言われますが(笑)。

山口それでいて、幸せそうだなという感じがします。その幸せ感はどこからくるんだろう。家族はトライアスロンについて理解してくれているんですか?

牧野理解はしてくれてますが、応援には一切来ません(笑)。一度東京マラソンの応援に来たことがあるんですが、長時間待たされて一瞬で通り過ぎるだけだったので懲りたらしいです。

山口KONAチャレに参加して、ますますトレーニングやレース、合宿に忙しくなったでしょう? 奥さんはどう言ってます?

牧野「ますます自分勝手になった」と言ってます。でも、文句を言いながらレースのたびに毎回車でバイクと一緒に羽田まで送ってくれます。

山口すごく応援してくれてるじゃないですか。私はトライアスロンを「プライベートにおいて理想を追求する手段」と捉えているんですが、牧野さんにもそういう理想を追求する姿勢があるから、応援してくれるんだと思います。

娘さんたちはどうですか? フェイスブックにアップしているインドアトレーニングの写真や動画も、娘さんが撮影してくれていると聞きましたが?

牧野「ウケる」とかいって見てるので、頼むと撮ってくれます。

山口良い親子関係が感じられます。

いつも楽し気なインドアトレーニング・シーンのSNS投稿写真。撮影する娘さんとの良い関係性がにじみ出る

牧野別に何もしてないんですけどね。きっと「好きなことやってるな~」と思われてる。ただ、父親が家でふさぎこんでたり仕事の愚痴を言うより、何か夢中になってやってることがあるのはいいことかもしれません。

山口「社会人て楽しそうだな」と子どもに思ってもらえたらいいですよね。私の父は町工場の経営者だったんですが、経営が厳しかったらしく、いつも張り詰めた様子でした。だから「大人になったら地獄のような日々が待ってるんだ」と思っていた(笑)。

牧野私も両親が薬局で夜9時まで仕事をしてましたから、大変そうだなと思っていました。だから大学までは薬剤師の資格を取って、親の期待に応える生き方をしようとしていたんですが、就職では製薬会社を選んだ。

トライアスロンから学んだ
チャレンジすることの素晴らしさ

山口一度は製薬会社に就職した牧野さんが、なぜ今、薬剤師として新しいチャレンジを始めようと考えたんですか?

牧野ひとつには製薬業界でもう医薬情報を提供するために、必ずしも人、MRが必要なくなってきたということです。今はドクターが必要な情報を入手するための便利な情報ツールがありますから、わざわざMRが訪問してドクターの貴重な時間を奪うことはない。

一方、私には薬剤師の資格がありながら、それを生かしてこなかったわけですから、一度現場で働いてみたいと思った。新型コロナウイルスの感染拡大で、自分に出番が来たのではないかと感じたんです。

山口使命感のようなものですか?

牧野それもありますが、自分のこれまでの仕事環境に疑問を感じ、変えてみたいと思ったというのが大きいですね。トライアスロンをやっていなかったら、たぶんこんな決断はできなかったでしょう。

医薬品業界の中で生きてきた自分が、トライアスロンによって世界が広がり、色々な人と出会って刺激を受けた。自分が大きく変わり、自分の環境は自分で変えられるんだということがわかった。だからMRの仕事環境に疑問を感じるようになった今、もう一度人生を変えてみようと思ったんです。

近しい仲間たちにも話していなかったという薬剤師への転身。この取材と前後して自身のSNS投稿を通じて、49歳からの新たな挑戦を宣言!

山口49歳の新人薬剤師ですか。すごいライフチェンジですね。人生を自分で変えられることをトライアスロンから学んだというのもすごい。

牧野トライアスロンはごまかしがきかないじゃないですか。仕事の世界や世の中には理不尽なことも多くて、なかなか自分の思い通りにいかないこともありますが、トライアスロンはやったことが成果にあらわれ、自分の成長を実感できる。

トライアスロンを始めて、身体から、時間の過ごし方、仕事のやり方、コミュニティとの関わり方まですべて良いほうへ変わり、満足度はずっと右肩上がりです。

山口だから49歳で新しいチャレンジすることができるんですね。

牧野KONAチャレの影響も大きいですね。竹谷さんが最初のミーティングで「KONAへのチャレンジは自分が選んだものなんだから、何かを犠牲にしてやるというのはおかしい」と言ったでしょう。あれは心に響きましたね。

自分で決めてチャレンジすることの素晴らしさをKONAチャレから学んだからこそ、決断できる人間になれた気がします。

山口そういう話を聞くと、KONAチャレの企画担当としてほんとにうれしいですね。ゲーテの言葉に「結局、人はなりたい人間になる」というのがあるんですが、人生はすべて自分の選択、自分の責任なんですよね。牧野さんの今回の転職も自分の責任で決断した。

牧野やるかやらないかの決断力がトライアスロン、KONAチャレのおかげでついたので、やりたいなら今決めよう、今からやろうと決断し、行動に移すことができたんだと思います。

2019年の宮古島大会にともに出場したTK&KONAチャレの仲間たちと。インタビュアーの山口さん(写真左端)も同じレースに出場していた

自分の成長と仲間とのつながりが
今のモチベーションを支えている

山口新型コロナウイルスの感染拡大でレースもトレーニングもなかなか思うようにできない状況ですが、KONAへのモチベーションはどうやって維持しているんですか?

牧野今はどうあれ、KONAはいつか行けるでしょうし、行くつもりでいます。レースがなくても、なんらかのトレーニングはできますし、インターバルのタイムや本数、Zwiftで測定するFTPとか、そこで確認できる数値が改善していくことで、日々成長を実感できますから楽しいですよ。

山口日々の積み重ねで変わっていくことが、KONAチャレですからね。

牧野竹谷さんなど、いろんな指導者、トップ選手がフェイスブックでインドアトレーニングの様子を紹介してるでしょう。あれなんかもすごく参考になりますよね。こういうときだからこそ学べることもたくさんある。

KONAチャレの前はただ量だけ考えてトレーニングしていたのが、動きの効率など色々なことを考えながらやるようになりましたし、食事やリカバリーなども気をつけるようになりました。まだまだ足りないところだらけですから、退屈はしないですね。

山口KONAチャレメンバーのことは、いろんな人が見てますしね。

牧野そう。アヤト・トライアスロンスクールの仲間も見てますから、ヘタなところは見せられない。プレッシャーでもありますが、励みにもなります。私を見てKONAを知り、意識するようになる人もいますからね。

山口薬剤師としてトライアスリートに何かアドバイスするとかいうこともできそうですね。

牧野そうなんです。喘息で塩素に弱く、プールで困ってる人とか、痛み止めを常用してる人とか、色々相談されることがあります。もっとしっかりアドバイスできるように、スポーツファーマシストの資格を取ってみようかと考えています。

山口去年、製薬会社を退職するという決断をしたからこそ、今、新型コロナウイルスの感染拡大で薬剤師になっている。そこからまた新しい活動の可能性が広がろうとしている。

牧野親の敷いたレールに乗って大学で薬剤師の資格は取ったけど、そこから自分で主体的に人生の選択をして、製薬会社に就職してMRになり、それが今薬剤師になって現場に立っている。これも人生ですね。

山口何か運命的というか、見えない力がはたらいているようにも思えます。これからもトライアスロンを通じてドラマチックなことが起きそうな予感がしますね。今日は興味深い話をありがとうございました。

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