主婦であり、ふたりの子どもを育てる母であり、フルタイムワーカーでもある東度久美さん。KONAを目指すための日々には様々な困難があるはずだ。しかし、去年の五島と佐渡では総合成績(Aタイプ女子5位と6位)で表彰台に乗り、KONAは着実に近づいている。時間をどうやって捻出し、どんなトレーニングしているのか?情熱はどこから湧いてくるのか?家族の反応、協力はどうかなど、聞きたいことは山ほどある。そこで仕事帰りに貴重な時間をいただき、話を聞いた。
プロフィール
とうど・くみ(=写真左)
1977年、北海道生まれ。子どもの頃からスキーや山歩きに親しむ。大学から29歳まで競技スキーに取り組み、全日本技術選手権大会に3回出場。横浜市在住。仕事はスポーツクラブ勤務。同じ会社に勤務するご主人とロードバイクに乗るようになったことがきっかけで、トライアスロンを始めようと思い立つも、長女の妊娠で延期。2014年、次女出産の半年後にトライアスロンデビュー。ご主人やママ友などの協力に支えられながら年2〜3回のペースで大会に参加。「3年でロングディスタンス完走」という目標を2017年の宮古島で達成。次の3年がスタートするタイミングでKONAチャレを知り、ハードルの高さに強い魅力を感じて応募した。
Interviewer
山口一真(=同右)
1982年東京生まれ。小学校から大学までバスケットボールに打ち込む。社会人になってスポーツから遠ざかり、一時期体重が100kgを超えたが、選手時代のノウハウを活かした食事と運動により1年間で40kgの減量に成功。2018年・春、KONAチャレ担当になったのを期にスイム・バイク・ランのトレーニングを始め、木更津トライアスロンでレースデビュー。秋にはアイアンマン台湾を完走した。2019年は宮古島とアイアンマン・バルセロナに出場予定。
トライアスロンは子育て中の主婦にぴったりのスポーツ
山口東度さんがトライアスロンを始めたきっかけは何だったんですか?
東度主人がロードバイクに乗っていて、私も乗るようになったことですね。その数年前、学生時代から打ち込んでいた競技スキーをもうやりきったという感じでやめて何か新しいことをやりたかったというのもあります。ロードバイクに乗り始めて、自転車って面白いなぁと。その延長線上で、主人がトライアスロン経験者だったこともあり、私もやってみようかなと。走るのも泳ぐのも苦手なのに(笑)トライアスロンかっこいいなと。
山口ところが、そのときはすぐに始められなかったんですよね?
東度長女の妊娠がわかって延期しました。初めての子どもですから、さすがに出産後も子育てにかかりきりでした。その5年後に次女を出産するまでには、出産・子育ての要領もわかってきたし、トライアスロンをやりたいという思いも強くなってきたので、妊娠中から運動や体調管理に気をつけて、生まれたらすぐ始められるよう準備していました。
山口それで出産後半年でデビューした?
東度昭和記念公園のスプリントです。公園にテントを張って、スタート前に授乳したのを覚えてます(笑)
山口私は今、子どもが7カ月なんですが、妻の大変さを見ていると、トライアスロンデビューなんて考えられないですね。そこまでしてやりたい理由は何でしょうか?
東度やりはじめたらハマっちゃいました。育児の気分転換にもなるし、目標があることで気持ちがポジティブになる。しかもトレーニングすることで身体も変わってくる。そうすると「次は何をしようかな?」と計画を立てるのも楽しくなってくる。
特に小さい子どもがいると、なかなかまとまった時間がとれないですが、筋トレや自転車は室内でできるし、買い物ついでにランとか、意外と隙間時間で何かできるもので。練習の選択肢が多いのは実は忙しい主婦にぴったりかもしれません。
あとは、決めたことはやりたい性格なので、「どう段取りしたら練習できるかな」とあれこれ考えて日々のミッションをクリアしていく感じです。
トライアスロンのために子育ては犠牲にしないし、その逆もしないために。
山口忙しい中でどうやるか。それは仕事にも言えると思います。誰でも忙しいし、できない理由はたくさんある。それでもやる前提でどうしたらできるかを考えると方法が見つかる。
東度仕事と子育てしながらでも週に10〜14時間くらいはトライアスロンに使うことはできますし、逆に20時間あったとしてもそれだけの時間トレーニングできる体力はたぶんない。できる時間でやる今の生活がちょうどいい。
山口忙しい身としては「20時間あったらうれしいかも」と考えたりしますが、時間がないからこそ工夫するし、やるときにしっかりできるのかもしれません。
東度KONAチャレのキックオフミーティングで、竹谷さんの「何かを犠牲にしてやるのではない」という言葉はすごく心に響きました。子育てしながらKONAを目指すと自分で決めたんだから、そのときできる最善のことをやる。
子どもがいると、週末にバイクライドに行ける回数が減ったりしますが、制限がある中で、今自分に必要なことを満たすために何がベストかを判断しながらそれを実行していく。そう考えるようになってからは、どちらかを犠牲にしてどちらかをやるという意識はなくなりました。
山口東度さんがどんなふうに仕事・子育てとトライアスロン、KONAへのチャレンジを両立させているのか、知りたい女性はたくさんいると思います。色々な葛藤を抱えながらトライアスロンをやっている人が多いですから。
東度私も葛藤がなかったわけではないんです。子育て・家事と仕事を両立させるには、色々なことの優先順位を判断しながら行動しなければなりません。長女が生まれて仕事に復帰したときはトライアスロンどころではなかったですね。
仕事や自分の時間も、それ以前と同じようにはいかなくて、そういう状況を受け入れて、自分で納得しながら順応していくことが本当に難しかった。
そこから経験を積んで、時間の使い方もうまくなり、気持ちの整理もでき、次女のときはそこに自分がやりたいトライアスロンを加えてやっていけるようになっていたということだと思います。KONAチャレに参加するようになってからは色々なノウハウや考え方を学ぶことができ、さらに練習のやり方が広がってきました。
夫や友達の協力を得ながら、
やるべきことをやる。
山口ご家族は応援してくれていますか?
東度夫はスイマーで、仕事柄もありスポーツに理解があります。もともとトライアスロンをやっていたのは夫ですし、協力的だと思います。今は私がのめり込み過ぎているせいか、「熱烈に応援!」というそぶりは見えませんが(笑)。
山口ご主人がお子さんの面倒を見ているあいだにバイクに乗ったりとか?
東度峠の駐車場まで車で行って、交代で子どもの面倒を見ながらバイクの練習をしたこともあります。車にバイクを積んで、往きは主人が自走、帰りは私が自走で現地入りする、という熱海家族旅行とかもしたことあります(笑)。ロングライドで半日家をあけるときや、合宿やレースで泊まりになるときは、前もって夫の勤務のシフトを調整してもらっています。
山口家事はどうですか?
東度家事は基本的に私がやっていますが、朝、次女を保育園に送ってくれるのは主人です。主人はシフト制で勤務時間が不規則なのですが、それに合わせて、できることを分担してくれているので助かっています。私の仕事は定時に終わるので、夕方5時に職場を出て6時半に帰宅、7時に次女を保育園に迎えに行き、夕食を作って一緒に食べて、それから9時半に長女を体操クラブに迎えに行き、10時過ぎに帰宅して長女の夕食というのが平日の標準的なスケジュールです。主人も私も実家が遠方なので、イレギュラーなときや困ったときは、ママ友に助けてもらうことも多いです。友達には恵まれてますね。
山口トレーニングはいつやるんですか?
東度朝です。5時に起きて家族が起きる前に約1時間から1時間半、ランかローラー台。水曜は朝スイム。土日もロングライドで長時間でかけるのは月に1回くらいで、基本は家でローラー台。ランもスイムもそれほど長時間はできないことが多いです。それでも塵も積もれば方式で、週に10時間から14時間くらいになります。
子どもの成長と同じくらい自分の成長が楽しい
山口KONAチャレの応募シートに「トライアスロンを始めてから、子どもたちの成長と同じくらい自分の成長が楽しい」と書いていますよね。これってすごいなと思いました。
東度トライアスロンはやったことが直に跳ね返ってきて、成長を感じることがたんさんあるのが楽しいですね。40歳を過ぎて「自分には可能性しかない。伸びしろしかない」と思える。
家事、子育て、仕事・・・と日々のルーティンワークをくり返す毎日。やっていることが当たり前になり、なかなか褒められることもない(笑)。自分をほめられなくなりがちなんです。トライアスロンでは自分の成長を実感でき、自己肯定できる。そこも主婦にぴったりだと思います。
山口お子さんはどう受け止めているんでしょうね?
東度母親がトレーニングしている光景は小さい頃から刷り込まれているのでたぶん「普通」になってると思います(笑)。 「今日は何のトレーニングの日?」とか聞かれたりします。長女は器械体操の選手として頑張っているので「母親も頑張ってるんだ」とは感じているかもしれませんね。
上の子も下の子も「頑張ってね〜バイバーイ」と軽いノリでいつも送り出してくれます。なかなかレースを観に来る機会はないですが、2017年の宮古島トライアスロンで沖縄が気に入ったようで、「ハワイに行きたい!」とKONAには帯同する気まんまんです(笑)。
山口私が子どものとき、自分の母も含めてまわりにスポーツをやっているお母さんがいなかったので、その親子関係がどういうものなのか、興味ありますね。
東度私としては「お母さんはトライアスロン、あなたは体操、やりたいことをそれぞれに頑張りましょう」という感じですが、娘の競技会はもちろ必ず行きますし、日々の練習のサポートや栄養管理などできる限りのことをしながら、娘が今どういう状況にあるかは常に気にかけています。
娘が落ち込んでいるときや、一緒にいてほしいというようなときもありますので、そういうSOSのサインは見逃さず、トレーニングをやめて娘に寄り添うようにしています。
山口そういう親子関係は、子どもの自立を促すことになって、教育としてもいいかもしれませんね。
東度私も将来娘が巣立つときにさみしくないですしね。「自分を犠牲にして子どもに尽くした」という感じだと、その分依存したくなって子どもも困るかもしれません。ただ、それはあくまで私の考えで、トライアスロン仲間でも「子どもが小さいうちは泊まりの遠征は行かない」という人もいます。人それぞれトライアスロンと生活の取り組み方があるわけで、何が正解ということはないと思います。
トライアスロンで得られる幸せとは、大自然にぶつかって圧倒される感動。
山口私は大学までバスケットボールに打ち込んでいたんですが、社会人になって遊びでやるバスケットボールには物足りなさを感じるようになりました。メンバーのベクトルが違う方向を向いていて、チームスポーツなのに連帯感がない。その点、トライアスロンは個人スポーツなのになぜか連帯感がある。それはアスリートがそれぞれの頑張りに共感・共有できるものがあるからなのではないかと思うんです。
東度トライアスロンて、完走したらみんなメダルがもらえますよね。ほとんどの競技スポーツでは3位までしかもらえないけど、トライアスロンやマラソンでは完走したみんながすばらしいという価値観がある。そこもいいところだと思います。
山口特にアイアンマンのようなロングのレースに努力しないで出る人はいませんから、それだけでお互いに尊敬できるし、スタート地点で「お互い頑張ろう」と言い合うことができる。
東度年齢に関係なく親しくなれるのもトライアスロンの良さだと思います。スクールとかチームの仲間には年齢も仕事も色々な人がいますが、話したり一緒に練習したりして切磋琢磨する一体感があります。味わう達成感がすごいから、年齢などの違いを超えて共感できるのかもしれません。
山口KONAチャレの応募シートには、「3年後には、KONAの海・山・大地・風・太陽を全身で受け止めて、生きていることを実感して、辛くて辛くて幸せな時間を駆け抜けたい」とも書いています。その「幸せ」というのは、東度さんにとってどんなものなんでしょうか?
東度トライアスロンがなぜ好きかというと、圧倒的な自然の中でやるスポーツだからです。佐渡でも宮古島でも雄大で美しい大自然に圧倒され、自分がちっぽけに感じられる。その自然の中でただひたすら前に進むことに没頭できるのはすごく幸せです。
KONAに出られたら、そこでも大自然にぶつかって圧倒され、「生きてる~!」と感じながら、幸せな時間を味わいたい。3年間毎日頑張った分、それだけ大きな幸せが待っていると思います。
山口今日はありがとうございました。