KONAを目指す挑戦者たちのライフストーリー

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高橋明実さん

トライアスロンで発見した
「やればできる子」という自分。
出会いと挑戦が、人生を豊かにしてくれる。

KONAチャレメンバーの中で高橋明実さんは唯一、アイアンマン70.3でKONAの出場権を狙い続けている。そこには論理的に自分の特性を見極め、戦略を立て、ストイックに実行していく姿勢がある。

一方、人と接する高橋さんは明るく、誰とでもすぐに仲間になれるオープンな人柄が印象的だ。日々のトレーニングもレースも心底楽しんでいるように見える。

高橋さんの性格やトライアスロンに対するスタンスはどのように形成されたのか? KONAチャレでどう変わったのか? そしてコロナ禍の今、何を考え、どんな日々を過ごしているのかについて話を聞いた。

プロフィール

たかはし・あけみ

1974年、神奈川県相模原生まれ。東京・武蔵野市在住。1歳から水泳を始め、小学生時代は競泳選手育成コースで鍛えられたが、12歳で限界が見え、エリートスイマーの道を断念。高校までは音大をめざし、エレクトーンを10年間続けたが、プロの道をあきらめ、普通の大学生からシステムエンジニアに。30歳でマラソンを始め、2011年36歳でトライアスロンに出会う。デビュー戦から表彰台に乗るレースが続き、結果が出る楽しさからトライアスロンにのめり込んだ。3年目からバラモンキング、宮古島、佐渡、アイアンマン・マレーシアなどロングに出場。2018年KONAチャレンジのフレンドメンバーになり、翌年レギュラーメンバーに昇格している。

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Interviewer

山口一真

メイクス取締役/100年コーチ。1982年東京生まれ。小学校から大学までバスケットボールに打ち込む。社会人になってスポーツから遠ざかり、一時期体重が100kgを超えたが、選手時代のノウハウを活かした食事と運動により1年間で40kgの減量に成功。2018年メイクスのKONAチャレンジ担当になったのを期にスイム・バイク・ランのトレーニングを始め、木更津トライアスロンでレースデビュー。秋にはアイアンマン台湾を完走した。以後も毎年アイアンマンや宮古島などに出場を続けている。世界のレジェンド稲田弘さんとの対談をきっかけに、自身もKONA挑戦を表明。チャレンジの模様は下記ブログやインスタグラム、フェイスブックでチェックを。

「100年コーチ。」山口一真のブログ>>https://ameblo.jp/makes100coach
Instagram>>https://www.instagram.com/makes100coach/

小学生で経験した
スポーツ選手としての挫折

山口高橋さんはスイムが得意で、KONAチャレメンバーの中でも、スイムのアドバイザー的な位置づけになっていますが、水泳はいつから始めたんですか?

高橋1歳からです。近所の子がみんなスイミングスクールに通っていたので、自然と通うようになったという感じです。親が習い事を休ませない方針だったし、自分でもうまくなっていくのが楽しかったので、練習に打ち込みましたね。

選手育成コースに進んでさらに鍛えられましたが、小学6年の頃には限界が見えてきて、競泳はあきらめました。

山口そんなに小さいときに決断しなければいけないものなんですか?

高橋競泳は人口が多いですからね。もっと速い選手は中学・高校と進んでいくわけですが、その間もどんどんやめていき、残った選手が日本代表になったりするわけです。

山口12歳で挫折を味わうというのはきつい経験ですよね?

高橋ショックでした。中学では別のことがやりたくて、チームスポーツのバスケットボールをやりました。高校時代は帰宅部。

もうひとつ習い事として、小学生時代からエレクトーンをやっていて、高校までは音大に進みたいという夢もあったんですけど、これも先生からプロの道は厳しいという話を聞いて断念し、普通の大学に行きました。

山口水泳もエレクトーンもけっこうがんばって行くところまで行ったけど、エリートとかプロというハイレベルの壁にぶつかってあきらめたということでしょうか。もう一度泳ぐようになったのはいつからですか?

高橋泳ぐのは好きだったので、高校時代は市民プールに行ってゆったり泳いでいました。リラックスしてプカーっと浮いているのが楽しくて、たぶん距離は2000mも泳いでなかったと思います。大学時代もスポーツクラブで泳いでいましたね。

仲間と楽しむスポーツとの
出会いで新しい扉が開いた

山口社会人になってからトライアスロンを始めるまで、水泳以外に何かスポーツはやっていましたか?

高橋ソフトウェアの会社でシステムエンジニアをしているんですが、入社3年目のとき先輩に誘われてゴルフを始めたんです。うまくなりたくてスクールに通い、年間30〜40ラウンドするくらいのめりこみました。

山口つきつめるタイプなんですね。トライアスロンにつながるような持久系スポーツは?

高橋30歳になった頃、会社の同僚とマラソンを始めました。シューズさえあればできるので、一番手軽だったから(笑)。

大会に出ているうちに、会社の枠を超えてランニング仲間のコミュニティーが広がっていき、新しい楽しさを知りました。こちらも楽しんでやっているうちに、スイマー時代のど根性でがんばる自分が蘇ってきて、夢中になっていきました。

ランニング練習会で同じコナチャレ・メンバーの菅野さんと

山口KONAチャレで高橋さんを見ていると、新しいコミュニティーに入って人と仲良くなるのが得意ですよね。そういう人がいるとチームがなごむので、とても貴重だと思います。

高橋仲間にすっと入っていけるタイプですね。子どもの頃、団地で大勢の人たちと暮らしながら育ったからかもしれません。

山口人の輪にスムーズに入れるというのはひとつの人徳だと思います。人生では色んな出会いがありますが、縁を育んで生かせる人というのは、人生を豊かにできる。KONAチャレでも仲間と楽しんで切磋琢磨しいく人と、自分ひとりで取り組む人がいて、どちらがいいということはないのかもしれないけど、どうせやるなら楽しんでやれるほうが幸せなのかなと思います。

高橋KONAチャレには色んな人がいて、色んな練習があることを知ることができてすごく楽しいですね。楽しいから続くし、続くからうまくなる。

仕事も趣味も
始めたら続ける性格

山口元々何でも続けるタイプなんですか?

高橋そうですね。あきらめずに続けるタイプかも。仕事も24年間同じ会社でシステム開発をしています。IT業界は転職する人が多ですし、同じ会社でもシステム開発以外に色々選択肢があって、職種を変えていく人もいますが、私は現場で仲間とものを作るのが好きなので、ずっと開発をしています。楽しいし、自分に合っていると思いますね。

山口仕事のやりがいはどんなところに感じますか?

高橋ソフトウェアの中でもコンシューマー向けではなく、ビジネス向け、企業向けなんですが、システムが出来上がって動き、ユーザーの方たちから「便利になった」「仕事が楽になった」「どこでも仕事ができるようになった」等々の言葉をいただくとうれしいですね。

山口課題解決の楽しさはスポーツと似ている?

高橋そうかもしれません。課題があって、原因を究明したり、解決法を考えたり、試行錯誤しながら解決していくのが好きです。

山口これまでの人生でやめたことは何かありますか?

高橋水泳ですね。

山口競泳はやめたけど、楽しんで泳ぐのは続けたわけだから、やめてはいないのでは? 選手でも嫌いになってやめた人は完全にやめてしまって、1㎜も泳がない人もいるでしょう。

高橋そうですね。嫌いになってやめたものはないですね。ゴルフもトライアスロンを始めてから金銭的に両立が難しくて中断していますが、チャンスがあればやりたいと思っていますし、エレクトーンはやめたけど、大学時代にピアノを買って弾いたりしました。

トライアスロンで覚醒した
「やればできる子」の快感

山口トライアスロンを始めたきっかけは、何だったんですか?

高橋これも会社の同僚ですね。2011年にマラソン仲間の男性が4月に旅行で石垣島に行って、たまたまトライアスロンを見て、私が泳いでいるのを知っていたので、「一緒にやらないか?」と誘ってきたんです。

もうひとり男性の仲間を誘って3人チームで8月に沼津トライアスロンエキデン(沼津千本浜トライアスロン大会)の混合リレー部門というのに出ようということになった。彼らのひとりは自転車経験者だったのでバイク担当。私ともうひとりは泳げるけど、オープンウォーターが不安なのでジャンケンで決めようということになり、私が勝ってランをとりました。

結果はまさかの部門優勝で、すっかり調子に乗って、「次どのレースに出ようか?」と盛り上がりました。

山口そのときの盛り上がり方が目に見えるようです。

沼津千本浜トライアスロン大会(混合リレー)の優勝トロフィー

高橋その年は厚木の米軍基地でやっているスプリントの大会に初めて個人で出場し、翌年は館山トライアスロンのスプリントにバイクを買って出ました。ここで3位になって、「私って、やればできる子じゃん!」と思いました(笑)。

山口子どもの頃、競泳はエリートシステムの壁にぶつかって挫折したけど、トライアスロンで「やればできる!」と覚醒したわけですね。

高橋根性でがんばることを、ずっと心のどこかでやりたいと思っていたんでしょうね。トライアスロンで結果が出て、わだかまっていたものがはじけた。

たまたま家から3㎞の場所にチームケンズのトライアスロンスクールがあったので、早速仲間ふたりと通い始めました。ただ、ケンズは初心者ウェルカムなわりに練習がハードで、続くかどうか不安だったので、最初の1年間はビジターとして月1回くらいのペースで通い、2年目から正会員になりました。

山口軽いノリで始めたけど、やるからにはちゃんと教わろうという姿勢が高橋さんらしいですね。スクールではどんな練習をしているんですか? 

高橋ウイークデーの夜1回と土曜日なんですが、土曜日は1日かけてスイム・バイク・ラン(バイクの距離に応じて強度・距離を変える)を続けてやっています。スイム3.5〜4㎞、バイクは週によって60㎞から120㎞、ランはバイクのコースによって強度や量を変えるという内容ですが、毎週レースをやっているようなものです。

チームケンズでは、モチベーションの高い仲間たちと、「毎週末がレースのような」充実したトレーニングが積めている

アイアンマンでぶつかった新たな壁

山口初めてロングに出たのはいつですか?

高橋3年目の2013年にバラモンキング(五島長崎)のAタイプに出ました。ケンズはロング志向の人が多いので、ショートで伸びてきたらロングに出るのが当たり前みたいな雰囲気なんです。そこで入賞してまた表彰台に乗り、チームの人たちにもほめられて、またまたやる気になって、毎年ロングに出るようになりました。

初ロングだったバラモンキング(五島長崎国際トライアスロン)

山口初めてアイアンマンに出たのはいつですか?

高橋2015年のマレーシアです。「KONA狙えるよ」とまわりに言われて、軽い気持ちで出たら、暑さにやられて撃沈し、自信喪失しました。バイクで7時間以上かかって、ランも5時間半くらい。トータルで14時間以上かかりましたね・・・。

9月に佐渡Bに出て女子総合5位、10月にマレーシアだったので、疲労があったのかもしれません。初海外でしたし、ツアーでなく単独で行ったので、自分でバイクを組み立てたんですが、ボルトの締め方が甘かったらしく、レース中にゆるんで、ハンドルが下がってくるというハプニングもありました(笑)。

エイジでは3位だったんですが、KONAの枠はひとつですし、タイムもひどかったので、ショックでした。

KONAを意識して出場したものの、暑さにやれらて撃沈したIMマレーシア。表彰台には上がったもののアイアンマンの壁に突き当たったレースだった

山口そこからのリベンジは?

高橋翌2016年の佐渡Aで表彰台を狙いにいったんですが、猛暑にまたまた撃沈。そこで一度トライアスロンから離れて、マラソンに専念しました。元々マラソンでは大阪国際女子マラソンに出るというのが、ひとつの目標としてあったんですが、この大会をめざして本気でランニングに取り組んでみようと思ったんです。

山口国際と名がつく大会は参加標準記録をクリアしないと出られないんですよね?

高橋そのときは3時間10分でした。私はそのとき3時間40分を切ってなかったので、相当レベルアップが必要でした。そこでケンズの練習でもバイクに乗らず、スイムとランだけ出るようにしました。さらにGo up!というランニングのチームに入り、スピードを磨きました。

おかげで大会に出るたびにタイムが伸び、3時間半を切り、さらに2017年3月の名古屋ウイメンズマラソンでは20分を切って13分まで行きました。しかし、結局10分は切れず、めざしていた2018年1月の大阪国際女子マラソンには出られませんでした。

テレワーク期間中ということもあり、今回の取材はZoomミーティングで行われた

KONAチャレをきっかけに
トライアスロンを再スタート

山口それでもランが強化できたんだから、収穫はありましたね。

高橋Go up!のおかげです。マラソンの目標がなくなっても、このチームの練習にはずっと通っています。

山口2018年はKONAチャレがスタートした年ですよね。ここで新しい目標ができた?

高橋KONAチャレの告知を見たとき、「私のための企画じゃん!」と思いました。そのときはレギュラーメンバーに選ばれなかったけど、これをきっかけにKONAに行くというトライアスロンの目標が明確になり、真剣にトライアスロンに取り組むようになりました。

山口1年目はレースに出ずに、課題克服に取り組んだんですよね? そして2年目(2019年)はアイアンマン70.3に絞って4レース出場。明確な自己分析と戦略の立て方が印象的でした。

高橋このままいたずらにレースに出るより、練習で課題解決に取り組んだほうが近道だと思ったんです。70.3に絞ったのも、アイアンマンや佐渡Aだけでなく、佐渡Bのようなミドルにも出てみて、KONAを狙うならミドルのほうが私に向いてると判断したからです。

枠はひとつなので、できるだけたくさんレースに出ました。ただ、結果は2位・3位・2位・3位で、KONAスロットに届かず。あと少しが遠いというのを痛感しています。

2019年の初戦、70.3柳州では惜しくも2位。ここから高橋さんの70.3四連戦が始まった

課題が明確だから
モチベーション維持できている

山口新型コロナの影響で、今のところ大会の日程も組めない状態ですが、モチベーションの維持はどうしていますか?

高橋何度もレースに出て、課題がバイクだということははっきりしていますから、モチベーションは落ちてないですね。むしろこれまでで一番やる気になって、バイクに取り組んでいます。

インドアで緻密なバイクトレーニングができる環境を整えたので、コロナ禍で泳げなくても、外で走れなくても、そんなに困らないです。

山口課題に取り組んでいれば、目標になるレースがないことはあまり関係ない?

高橋5月のKONAチャレンジ・ミートアップで田所さんが、「目標が設定できない今は、積み上げ式のトレーニングをやる」と言っていたのを聞いて、私もそういう考え方で練習するようになりました。 これまでは大会のスケジュールから逆算してトレーニングを組んでいたけど、今はできることを積み上げていく。追い込むことも忘れずメニューに入れていますが、無理をして疲労を蓄積させるようなことはしない。そういうやり方だと身体は楽ですし、やっていて楽しいですね。

山口先日、87歳の世界最高齢KONA完走記録保持者・稲田弘さんと対談させていただいたとき、「レースやチームの合同練習がなくても、日程追われるものがない分楽しい。自分で日々工夫しながら練習していると日々発見がある。」とおっしゃっていました。高橋さんの姿勢にもそれに通じるものを感じます。

課題のバイクを強化すべくWahooのインドアトレーナーを購入したのと前後してのコロナ禍。結果的にはStayhome期間中バイク強化に集中できたという

トライアスロンを
生涯スポーツとして続けていきたい

山口システムエンジニアという仕事をしながらKONAへのチャレンジを続けていくのは楽ではないと思いますが、時間の確保とか家族の理解とか苦労することはありますか?

高橋システム開発は忙しさに波があって、特にリリース(システムが完成して稼働すること)の前はかなりハードなんですが、それ以外はなんとか時間は作れます。家族は夫とふたり暮らしですが、子どもがいないので、子育てしながらがんばっているKONAチャレメンバーと比べると自由はききますね。

山口一緒にスポーツをやることはないんですか?

高橋夫は週末ジョガーですが、一緒に走るのはレース後のリカバリージョグのときくらい(笑)。夫も最近バイクを買ったので、ポタリングくらいはできるかも。

山口高橋さんは「どのくらい先までトライアスロンを続けるか?」考えていますか?

高橋トライアスロンは生涯続けるにはいいスポーツだと思います。ロングはいつまで続けられるかわからないけど、ミドルやショートも好きだから、距離にこだわらないで続けたいですね。ロングも60歳まではとりあえずできるかなという気がしています。

山口気力や体力以外に時間やお金も必要だから、家族の理解とか自分だけで決められない部分もありますよね。

高橋たしかに家族の理解は大事ですね。夫は別の会社ですけど仕事は同じシステムエンジニアで、仕事の大変さや趣味をもつことの大切さなど、理解してくれていると思います。トライアスロンなどについても「好きにやっていいよ。ただケガだけ気をつけて」と言ってくれます。

IM70.3柳州フィニッシュ直後、コナチャレメンバー田所さん(写真左)、トレーニングパートナーの孫崎(同右)と

山口たぶんご主人はトライアスロンで高橋さんがひたむきに夢を追ってがんばっているから、応援してくれるんじゃないかと思いますよ。

私も仕事とトライアスロンで家族と過ごす時間はかなり少ないんですが、妻がそれを許してくれるのは、私がものすごくがんばってるのをわかっているからだと思うんです。

夫婦がお互い忙しい中で仲良くやっていく秘訣は何かありますか?

高橋何だろう? 無理しないことでしょうかね。たとえば家事でも掃除は好きだからそこそこやるけど、食事は割り切ってアウトソーシングしてます。つまり外食とかテイクアウトとかですね(笑)。変に無理してピリピリするようなことはやらない。

山口なるほど。難しい状況ですが、KONAチャレンジのラストイヤー、がんばってください。

高橋はい。楽しみながらがんばります!

山口今日はありがとうございました。

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